#13 溢れ出る微笑みの雫たちがおりてくる
忘年会で会った人々に「今年のハイライトは何でしたか?」と何度か問うたけれども、私のハイライトは先月末の自宅の引越だったと思う。というか、6月から9月の猛暑期間によってその前後の出来事や記憶が断絶している感覚が強く(もうあの夏を年末みたいな物事やテンションの切り替えや区切りのタイミングにした方がよくないですか?それくらい今年の夏は強制停止〜凪の感覚が強かった)、それが和らいだ9月から11月の間は常に「引越し先を決めなければなるまい」と焦り気張っていたし、思っていたよりも家探しは難航(5〜6軒内見をしたけど、その他にも気になった物件はいくつも自転車で駆けずり回って外観を見にいった。部屋の中は見れなくても近所の環境や共用部の感じで判断できる部分も多かった)して「もしかしたらマジで退去日までに家が決まらないかもしれない」とドギマギし、住みたかった家を逃したり(一番目に心から住みたい!と思った家をオーナー審査で落選して逃したのでこりゃあ分かりやすいトラウマ再生だね)、人を殺して埋めたり目の前の人が轢死して叫ぶなどの夢シアターが立て続けに上映され(物騒だね)、同時期に近しい人たちに対して「ずっと思ってはいたが言えないでいたこと」を伝えるハードコアな局面が重なったことで、自転車を漕いでいると大粒の涙が溢れたり、不倫現場に突撃する半グレYouTuber動画を延々と見る荒治療悪趣味な夜が何日か続くなか(大学生のときにエログロ画像を漁っていたときの精神構造と類似)、一時的に家が消失した場合、荷物を置かせてもらったり寝させてもらう場所の交渉を友人各位にしていた。
一緒に家を探してくれた不動産屋さんも本当に優しく(せたがやクラソンさん、世田谷区内での引越を考えている方はぜひ)、担当の方が偶然かつて私がライブハウスに居たときに出演していたバンドマンだったりもして(バンド仲間に良い物件を探してあげていたことが今の仕事になったらしい)生きているとこんなことがあるんですねというご縁オブご縁だったのだが、最終的に今の家(世田谷区ではない家に浮気してしまったので、厚意にしてくれたクラソンさんには不義理をしてしまったのです、ううう、でも最後まで本当に温かくて泣いたこの御恩は忘れません本当に)に引っ越せることに決まったのが、前の家を空っぽにせねばならない10日前というギリの極みのガンギマリだったので、なんとかドチャドチャ引っ越し、移動後即高熱を出したりと、そのうねりにただ痺れ、呆然としていた。
呆然としつつも12月21日に「BOOK TURN SENDAI」に出店することが決まっていたので、引っ越したあとも新居の畳の上にボンと置いたマットレスの上で眠りながら、8月末までの日記をまとめたZINEを作って仙台で売った。仙台は渋谷が3個ある!?と思うほどの活気&ビックシティで、初めてせりの根っこを美味しく食べた。ZINEの制作においても周りの人にとてもとても助けられた。おかげさまでこれまでホチキス〜折りの手製本しか作ったことのなかった私が、ささやかな目標にしていた「背表紙のある本」を初めて作ることができた。ひとりでは何もできなかった。